◆◆◆オイルを探す旅◆◆◆ KEIJI MUTSUDA
日本人など見た事がないと珍しがられる時代に、単身スペインに渡って
から、はや30年。スペイン政府公認のガイドとして、またバルセロナ通訳
協会理事としてがむしゃらに歩んできたこの長い年月。振り返ればスペイン
と日本の橋渡しに捧げる日々であった。私がスペインに渡った頃に比べると、
交通手段、情報獲得手段もずいぶん発展し、今やインターネットを利用する
事で、パソコンの画面に向かえばいつでもスペインー日本間で顔を見ながら
会話を楽しむ事まで出来る大変便利な世の中になったようだ。しかし、実際
日本に帰ってくると感じるのは、本物の文化交流がいまだ根付かないもどか
しさ。
スペインのサッカーチームや有名選手は知っていても、スペインの簡単な
挨拶どころか、音楽や美術、食文化、人々の生活に関する生の情報には
少しも興味を示さない若いお嬢さんたち。街に出ればたくさんのおしゃれな
イタリアンレストラン。しかし、そのレストランでおいしいと食べている
オリーブオイル、実はスペインのオリーブから出来ているかもしれない事は、
まさか知る由もないだろう。「まあ、今時の若いお嬢さん達だ、仕方が
ない。」と思いながらよく観察していくと、その風潮が何も若い世代に
限った事ではないと気がついた。久しぶりに日本に来たんだ、かわいい
姪っ子達に、ひとつうまいスペイン料理でも振る舞ってやろうかと張り切っ
て食材を仕入れにスーパーへ向かう。きけば、ここらでは一番品揃えがいい
というそのスーパー、スペインの食文化に欠かせないオリーブオイルを調達
しようとオイルが並ぶ棚の間をうろつく事数十分、私は自分が探している
オイルがない事にようやく気がついた。見るもの全てイタリア産の大きなラ
ベルが貼られ、スペイン産のオイルが全く見当たらないのである。何かの
間違いではないか、スーパーのミスで陳列されていないのではと疑った。
あきらめられずに、今度は日本でも名高い高級デパートへ足を運ぶ。しかし
そこで見たのは、空港でお土産品として売られている安物のイタリア産オイ
ルが仰々しく陳列されている有様。「オリーブオイルと言えば、スペイン」
スペイン国内はもとより、ヨーロッパでは当たり前の通念が日本では無いの
だとがっかりした。仕方なく「イタリア産最高級エクストラバージンオイル」
と書かれたオイル一つを買って帰った私に、姪っ子達は疑いもなく期待の
まなざしを向ける。「すごい、おじさん!これって高いやつでしょう?」
その言葉に私は日本人の性質と日本企業の流通に対する姿勢を垣間みた気が
した。
一般的な日本人はブランドに弱い。それは戦後より続く欧米へのあこがれ
が根強いからだと納得もできなくはない。しかし、企業はどうだろうか。
日本という国はずいぶん発展した社会だ。でも、本当にいいものこそをお客様
に伝えたいという姿勢が、儲け主義に押されている現実が見え隠れする。大手
企業はいいものを適正値段で提供する事より、楽に利益をあげられるのをよし
とする。オリーブオイルの世界でも、日本企業の姿勢は同じようだ。ブランド
力があれば、それでいい。みんな知らないけど、売れればいい。これでは、
あまりに勉強不足ではないか。オリーブオイル最大の生産国スペインで、30
年という年月を過ごし、各地を飛び回ってその土地土地のおいしいオイルを味
わってきた私には、日本の流通がどうしても理解できないのだ。「おじさん、
最近日本では、高くても品質のいいものが売れてるんだよ。」そういって誇ら
しげに話す姪っ子の話も今ひとつ真剣に耳を貸してやる気がおきない。たくさ
んのオリーブオイルが陳列されている棚に、スペイン産が出てこない日本の
市場、これは改革する必要があるだろうと、私はひそかに計画を練り始めた。
日本でつかの間のバカンスをおえてスペインに戻るとすぐ、私はレリダに向
かった。インターネット上で日本でも少しずつ出回り始めたスペイン南部地方
のオイル、確かにそれもいいものだと知っているのだが、それだけでは面白く
ない。私の頭の中にはある村の風景が思い浮かんでいた。「あの村だ、あの山
の中だ。昔ながらの石臼でひいたオイルが、あそこにはあったはずだ。」私に
は忘れられないオイルがあった。そもそもレリダのあるカタルーニャ地方は、
大変地元意識が強い独特の地域である。普通の日本人や企業が行ったって、ま
ず相手にされない。でも私には受け入れてもらえる基盤がある。この30年間
誠実に事業をしてきた私を、あたたかく迎えてくれた村長がいる村だ。
久しぶりに訪れた私を、村長は大変な歓迎で迎えてくれた。そして、挨拶も
そこそこに日本の市場でおきている事を話した。「わかりました。日本の方に
私たちのオイルを届けたいのですね。」そういうと、村長は村の人たちをよん
できて、みんなで協力して、どのくらい日本人のためにオイルを搾れるか話し
合いを始めた。というのも、オリーブオイルは村の農家の人にとっても大切な
食料であり、特に石臼で搾るオイルは手間がかかるために、通常は自分たちで
消費できる分しか作らないものだからである。
数日後、私は達成感と期待感で胸を踊らせてバルセロナの自宅に帰ってきた。
ようやく、本物のオイルを手に入れた。さあ、これからだ。おいしいものをお
いしいと、間違ったフィルターにかける事なく伝えよう。このオイルが日本人
のオリーブオイルに対する感覚を変えてくれると信じて。